「大島マン」〜皆さんご覧になりましたか?
(愛知県・たかぎゆかた)
2000年オールスター第2戦。まだかまだかと目を皿のようにして食い入るようにTVを見ていた。1〜7回、そのお方の打席の時に限って「それではここで星野監督に来ていただきましたのでインタビューを」 「いら〜ん(怒)」
8回、チラっと「らしき」姿が。9回、最後のちょっと空しい反撃のおかげでまた打席が回って…ついに全国中継。さすがオールスター、いつも1人なのに、3〜4人に仲間が増えていた(謎)! それは「大島マン」。
震災前から何度も神戸に行っているのだが、GS神戸での初観戦は1996年なので、初めて「大島マン」に出会ったのはその頃だろう。それ以前からGS神戸で活動されていたかどうかは不明である。
大島の打席になりテーマソングがかかると、内野の真ん中の通路からフェンスに向かって掛け降りてきて、フェンス際を少々横に移動し、また掛け上っていき、最後に一礼をして一連の動作は終了。どうして「大島マン」なのかは簡単である。「大島」と書いた大きな紙を持っているか、首からかけるかしているからだ。
初めて見た時は、「大島」と縦書きされた横にご丁寧に「おおしま」とふりがながつけてあった。外野からも大変よく見えて、「なんじゃそりゃ〜」(笑)。しかし、何度も見てしまうと逆に「いないと寂しい」と思えてしまうのである。
今までに10回以上GSに行っているが、どうも平日より土日の方が遭遇率が高いのをみると、これが本職ではないようだ。当然だな。
7月29日(日)にGSで観戦した際、この日は日曜にも関わらず「大島マン」は現れなかった。「神戸まつりに行ったのか?(多分違う)」と損した気分に。せっかく行ったのに〜。
最近ふと気付いたのは、DJキムラ氏が「大島マン」のために走りやすいテーマソングを選んでいるのではないかということ。あくまでも私の憶測だが。
2000年オールスターがGS神戸で、大島がファン投票で選出されて、大島マンが走って、期待通りの展開だった。これからも(どちらにも)頑張っていただきたい。走れ大島(マン)。