佐藤幸彦引退記念 紅白戦架空観戦記

(京都府・ふさ千明)

オフシーズン、11月の祝日。千葉マリンスタジアムに集まる人、人、人。

「どこから聞きつけたんですかね?」
「そもそも、お客さん入れるんですか?」
「いや、入れなきゃしょうがないだろう。これで『いや、今日は内輪なんで』なんて言えるか?」

球団関係者の間でそんな会話があったかどうか知らないが、外野ゲート入り口前に並ぶ面々は当然のような顔つきで並んでいた。公式には何のアナウンスもされていないにも関わらず、だ。某巨大掲示板で知ったという者、ファン同士の横のつながりで知った者、たまたま東京駅の京葉線ホームでマリーンズのユニフォームを着ている人に「今日何かあるんですか?」とたずねて知ったという人。様々だ。

佐藤幸彦の引退試合をやる。最初は半信半疑だったが、嘘なら嘘でだまされてやろうと来て良かった。よしたにさんと二人、そんな話をしながら待っていると、午前11時きっかりに開門した。

階段を駆け上がってなんとかいい位置を確保する。ホッと息をついてグラウンドを見ると、選手たちがトンボがけをしていた。浦和でよく見る光景だが、いつもと違うのはベテランが主体だと言うこと。しかも、その中には本日の主役であるはずの幸彦の姿まで。

そして、今日はレフトもライトもマリーンズファン一色だ。スタメン発表では両方がスタンディングで声を出した。今年から始まった男性DJの声ではなく、ウグイス嬢がいつもの妙に嬉しそうな声を響かせていた。


白(若手チーム)
監督 古賀英彦
1.(二)サブロー
2.(遊)澤井
3.(右)今江
4.(三)里崎
5.(捕)西岡
6.(一)ユウゴー
7.(DH)喜多
8.(中)渡辺俊
9.(左)早坂
P寺本

紅(ベテランチーム)
監督 ボビー・バレンタイン
1.(遊)諸積
2.(捕)堀
3.(一)フランコ
4.(三)佐藤
5.(右)初芝
6.(中)小宮山
7.(左)藤田
8.(二)黒木
9.(DH)小坂
P福浦


紅白戦ということもあってか、無茶なオーダー。公式戦では絶対に見られない(というか、むしろ見たくない)に、皆拍手喝采、大喜び。無論勿論、『四番、サード佐藤幸彦』のアナウンスでは当然、ひときわ大きな声。「幸彦ー」「佐藤サーン」「ユキー」 洪水のように溢れる声、声、声。惜しむべくは、次の『五番、ライト、初芝清』でそれが爆笑に変わってしまったことか。

選手発表のあと、審判と公式記録員の名前が呼ばれたが、どうやらこの辺はコーチ陣やチームスタッフが務めるようだ。嬉しいことに、今日はライトレフトにまで線審がいる。

発表が終わってトイレに行くべく席を立ったら、オリオンズ時代のユニフォームに身を包んだ中年男性が早くも喉を詰まらせている。推察するに幸彦と同年代くらいである。「早いっすよ○○サン」「……」 慰める声も、彼には届いていないようだった。そして、驚いたことには、ビールの売り子がいるではないか。

「あれ?なんで?」
「電話で叩き起こされたんです。客が来てるから入ってくれって」
「私なんか純粋に試合見に来たのに、『お、ちょうどいい』とか言われちゃって…」

文句の割に、顔と声は笑っていた。さすがに食べ物を扱う売店は空いていなかったが、在庫がストックされているからか、グッズ売り場は開いていた。幸彦グッズを買い求める人が溢れていたので、入れなかったのが残念だったが。

今日は両側身内なので、そのままぐるっと一周してライトスタンドへ戻った。レフトにいるファンがちゃんとビジユニなのに感心しながら。席に戻ると、開口一番よしたにさんがたずねてくる。

「今の見ました?」
「え?何をですか?」

聞くと、私が席を離れていた間に、今シーズンのマリーンズダイジェストがマリンビジョンに映し出されていたらしい。9月11、12日の激闘を初めマリンスタジアムでの名場面は勿論、ビジターや地方での試合、例えば開幕戦や初芝・堀の1500本安打、ジョニーの復帰初勝利まで映し出された本格派だったそうで、実に惜しいことをした。

「最後はアレですよ。西武ドームでの幸彦の胴上げでした」
「今日実は入場料必要だったりするんじゃないですか?」
「今から係員が客席回って回収に来たりするんですか」

その後、公式戦と同じく白いボールのファンタジーが流れ、ホームユニに身を包んだベテランチームがグラウンドに散っていった。「幸彦ー!」 「佐藤サーン」 満場の声に、サードの幸彦が帽子を取って応えていた。今日ばかりはライト初芝に声をかけるどころではなかった。

始球式は幸彦が入団した年の監督、有藤道世が務めた。歓声がちょっと少なかったのは私のように10.19のことが忘れられない人が結構いたためだろうか。その後、つつがなくプレイボール。


1回表、白組の攻撃。
レフトスタンドから「サブロー」コールが聞こえてくる。なんか違和感。1番サブロー、初球をセーフティバント。これが速いスピードでサード幸彦のところに転がった。見送ればファールだったかも知れないが、幸彦猛然とダッシュしてこれを掴み、ファースト転送。アウト。2番澤井はセカンドゴロ。ジョニーが突っ込んで捕ってツーアウト。3番今江、福浦のカーブにのめって空振り三振。チェンジ。


1回裏、紅軍の攻撃。
サードベースコーチにボビーが入って三塁側の客が大喜びしている。諸積がサブロー同様セーフティバントを仕掛ける。サブローより打球の勢いを殺して見事成功。無死一塁。2番堀。諸積がスチール敢行するも西岡が見事にこれを刺した。アウトになった諸積が遠目にも分かるほど悔しがっていた。

堀が寺本の速球をライトに流し打ち。今江がもたつく間に一気にセカンドへ。「こんな効率の悪さまで公式戦通りかよ」 一死二塁に変わって、3番フランコ。うかつなことにこの時まで気が付かなかったのだが、マットではなくフリオの方だった。「なぜ?」 何の事情説明もなく、謎は謎のまま残った。フォアボールで一死一、二塁。

そして。

4番サード幸彦登場。レフトライトから響き渡る「(ぴっぴー、ぴっぴー)ゆっきひこー」のコールを裂くように寺本の速球をセンター返し。鋭い打球もバックスクリーンにわずか及ばず、フェンス直撃のタイムリーツーベース。堀悠々生還して1−0。センターの俊介がアンダースローで返球して笑いがわく。しかしこれがスピードもコントロールもあり、二度びっくり。ホームを狙っていたフランコはサードで足止め。一死二、三塁。

5番初芝、初球を打ってショートゴロ。これを澤井が弾いたが、セカンドサブローの前に落ちてファーストへ転送でアウト。飛び出していた幸彦とフランコあわてて戻り、これで二死二、三塁。小宮山三振でチェンジ。


2回表。
サードの守備につく幸彦に殊勲を称える幸彦コールをすると、シーズン中同様そっと応えてくれた。こうして見ると、本当に引退してしまうのが、今もって信じられない。そんな思いにふける私の目を覚ますかのように、4番里崎の打球はライトへの大きな当たり。

ぽてぽてと打球を追う初芝の姿だけでもう爆笑しているのはこらえ性がなさ過ぎると我ながら思った。バンザイしてボールがそのちょうど真後ろを通過するが、ちょうどファールゾーンギリギリに落ちた。線審の荘が大きくファールをアピール。ボールを掴んでホッと一息つく初芝。

「やっぱり初芝は初芝だなぁ」
「いや、タダの試合で公式戦以上のことしちゃまずいだろう、プロとして」
「それは公式戦以上の好プレー? それとも珍プレー?」
「いや、両方」

里崎は結局見逃し三振。井上コーチが主審だからか、今日はやたらストライクゾーンが広くないだろうか。5番西岡ショートゴロ。諸積深いところで捕って送球も西岡の足が優った。一死一塁。6番ユウゴーキャッチャーファールフライで二死一塁。堀がフェイスガードを上げてきちんとキャッチャー追いしていたのに思わず拍手。7番喜多、応援をする間もなく初球をファーストフライでチェンジ。


2回裏。
7番藤田ピッチャーゴロ。8番黒木。黒木が打席に入るのを見るのは初めてなので、結構新鮮(藤田は浦和で、小宮山は横浜時代に見た記憶があったが)。遠目にも分かるくらい気負ってしまい、空振り三振。小坂いつもどおり打ち上げ、レフトフライで三者凡退。チェンジ。


3回表。
8番渡辺俊介。遠くから「アンダースロー打法!」とか掛け声が聞こえたのだが、さて、どんな打法なんだろうか。注視したが、普通に打ってバットにかすってキャッチャー前にぼてぼてと転がる。堀がファースト転送してワンナウト。9番早坂レフトフライでツーアウト。1番サブローぼてぼてのセカンドゴロ。ジョニー力の入った送球でスリーアウト。チェンジ。福浦が良いのか、打線に問題があるのか。


3回裏。
寺本もここまで悪くないピッチングだ。諸積、センターフライ。堀見逃し三振、フランコショートゴロでチェンジ…かと思ったら澤井がこれを悪送球。フランコ抜かりなくセカンドを陥れ、二死二塁に。幸彦ツースリーから粘って粘ってフォアボール。二死一、二塁でバッター初芝。

ライトスタンドはオリオンズ時代のチャンステーマが発動し、なんだかだんだん紅白戦という感じがしなくなってきた。初芝も歩いて、これで二死満塁。そして、小宮山はなんと3球目をセーフティスクイズ。アイディアは良かったが、西岡飛び出して掴んでそのまま自らホームに入る。 サードランナーフランコのスライディングもがっちりガードし、アウト。スタンド両側から、両方のプレーに思わず拍手拍手。


4回表。
この回からピッチャーはなんとセカンド塁審をやっていた園川に代わった。一番予想していなかった名前だけに、大喜びする。

「5年ぶりの園川ですよ」
「あの、最終登板にならなかった試合ですね」

引退セレモニーのあとに神戸で登板しているため、私はこれまで「園川最後の登板を見た」とは言えなかったのである。しかし、これで今後はそう言えそうだ。マウンド上のその姿はあのときとほとんど変わっていない。当時も「例年と変わらん成績なのになんで辞めるんだ?」と突っ込まれた引退であったが、これなら来シーズンから投げられそうだ。ちなみに福浦は園川がやっていたセカンド塁審に。そして幸彦もサードからファーストに回った。フランコは入れ替わりでサードに。

「もしかしてワンポイントなんですかね?」
「澤井にですか?」

その澤井、代わりバナの初球を強く叩いた。7mの逆風をものともせず、ライト初芝の頭上を遥かに越えてライトスタンド上段に飛び込む同点ソロアーチ。 1−1。続く今江もライト方向への強い打球。これがフェンス直撃のスリーベースヒット。ツーベースワンエラーでなかったのは公式記録員松本の武士の情けなのか。しかし、2人もコーチ相手だというのに容赦ない。まぁ、逆に特別何かの感情をぶつけているような感じもしない。要は真剣勝負ということなのだろう。

真剣勝負は続き、里崎も引っぱりにかかって三遊間のややサードベース寄りに強いライナーの打球。これを幸彦がジャンプして飛びつく。捕りきれなかったがボールは内野にとどまり、それを見て今江があわてて帰塁。転がるボールを諸積捕球してファースト転送もセーフで無死一、三塁。マウンドに集まる内野陣。

間があいたので、ココゾとばかりに初芝に声をかけるライトスタンド。ゆっくりと振り向き、手を振って応えてくれる初芝。さすがだ。この時内野では園川へのヤジが飛んでいたらしいが、この盛り上がりに遮られて聞き取るどころか気づくことすらできなかった。

野手陣は散り、結局園川続投で迎えるバッターは西岡。3球目の遅いカーブをひっかけてショートゴロ。諸積掴んでセカンドへトス。ジョニー必死の形相でファースト転送し、なんとダブルプレー。しかしこの間に今江ホームインして2−1。若手チーム逆転。ユウゴーサードゴロでチェンジ。


4回裏。
白組もピッチャー交代で、青野に代わった。藤田ライト前ヒット。黒木フォアボールで無死一、二塁。しかし小坂レフトフライ、諸積空振り三振とあっという間にツーアウト。

「こんなときまでピッチャー見殺しですか」
「しかも二重の意味で」

堀もレフトライナーでチェンジ。2−1変わらず。


5回表。
園川、喜多をショートゴロに打ち取ってお役御免。

「次は誰でしょうか」
「園川が出てきた時点で私はもう予想不可能です」

そしてコールされた名前は、『ピッチャー、村田兆治 背番号29』 響いてきたのは、どよめきどころではない。マウンドでは、それを意に介した様子もなく、ちゃんと白地にピンストライプのホームユニを着た背番号29が投球練習をしている。今でもMAX141キロのまさかり投法に震えがきた。ライトスタンド、ここぞとばかりに「村田、村田」の大コール。村田の前に俊介、早坂と連続空振り三振。特に早坂は高めの速球を空振りし、呆然としていた。悠々とマウンドを降りる村田に、再度拍手喝采。


5回裏。
フランコに代打垣内。ストレートのフォアボール。続く幸彦も7球粘ってフォアボールで無死一、二塁。バッター初芝の場面でピッチャー青野から藤井に交代。ボールボールと続いた3球目、真ん中の球を強く叩いた。これぞ本領発揮、弱まった風を押しきりレフトスタンドへ飛び込む逆転のスリーランホームラン。マウンド上で打球を見送って呆然とする藤井。

「ホントにあの人は、こんなときまで主役ですか」
「ホントに主役になっちゃ困るんですが」

初芝はホームインして、待っていた幸彦とハイタッチ。これで4−2。藤井は小宮山、藤田にも連打を浴び、ワンナウトも取れず降板。代わって出てきたピッチャーは久保。「これ、元近鉄の久保とかじゃないですよね」 先日契約を済ませたばかりのルーキーがそこにはいた。黒木140キロの球につまってピッチャーゴロ。1−4−3と渡ってダブルプレー。小坂高めの速球を空振り三振でチェンジ。


6回表。
サブローも空振り三振。三者連続三振に満足したように、村田降板。惜しむ声の中出てきたピッチャーは、なんと愛甲。

「ホントに洗いざらい連れてきてますね」

愛甲、澤井に初球いきなりデッドボール。相手が後輩とは言え帽子すら取らないふてぶてしさが愛甲。今江は高めの球をセンター返し。小宮山の前に転がって無死一、二塁。里崎セカンドゴロもアウトはセカンドのみで一死一、三塁。西岡、幸彦のグラブを弾くライト前ヒットで澤井ホームイン。4−3。今江はサードを陥れ、再度一死一、三塁。ユウゴー、近めの球に腰が引けて空振り三振。喜多も同様でこの回1点止まり。


6回裏。
久保好投し、諸積堀垣内と三者凡退。


7回表。
久保を投げさせるのはいかがなものか、負けているからと言って大人げなくないか、と話していると愛甲に代わってピッチャー黒木と聞こえてきて「どっちも大人げないなぁ」と結論づいた。セカンドには原井が。そして幸彦は藤田と入れ替えでレフトに。ファーストには藤田。最初は物珍しいオーダーだったのに、どんどん普通になってくる。喜多に代打川井。

「これで打ったらジョニーも喜多も立場ないですね」

本人もそう思ったのか、なんだか投げにくそうなジョニー、フォアボールを出してしまう。続く俊介が見逃し三振に終わると、古賀監督出てきて早坂に代打大松と告げた。

「えーと。久保もそうですが、お披露目がこの試合で良いんでしょうか」
「いや、最高の舞台でしょう」

大松はジョニーにバットを折られてピッチャーゴロ。思わず吠えるジョニー。 セカンド封殺のみで二死一塁。

「みんな、主役が誰か忘れてませんか?」
「忘れてますね、完全に」

サブローに代わった竹原もファーストゴロでチェンジ。


7回裏。
代打した二人は、前任者のそのままの守備位置に。レフト大松は来シーズンの予告編のようだ。また、俊介がキャッチャーに回り、西岡がセンターへ。ラッキーセブン、先頭打者が幸彦とはなかなかの巡り合わせだ。久保から見事なレフト前ヒット。引退試合とは言え、ここまで全打席出塁はさすが幸彦。続く初芝はぼてぼてのサードゴロも、里崎の送球が浮いて一塁セーフ。無死一、二塁でバッター小宮山。

塁上の二人がこうして並ぶのも残りわずかか、としみじみ眺めていると、なんと初球ダブルスチール敢行。キャッチャー俊介素早く反応し、こんなときまでアンダースローでセカンド送球。コントロールぴしゃりでセカンドベース横へ。予想外の好返球に初芝苦笑いでタッチアウト。一死三塁。小宮山ピッチャーフライ。二死三塁、藤田のところで代打秦。「なんだなんだ、同窓会かよ!」 そんな声が聞こえてきた。白組のピッチャーも手嶌に代わった。

「この対決、きっと今ここでしか見られないでしょうねぇ」
「もう今日はそんなんばっかりじゃないですか」

秦、初球を引っ掛けてセカンドゴロ。竹原無難にさばいてスリーアウト。


8回表。
代打秦がキャッチャーに入り、堀がファーストに回った。外野もライトレフトの入れ替えがあり、初芝がレフトへ、幸彦がライトへ。これで幸彦は内外野全ての席に顔見せをしたことになる。一方でジョニーは続投。先頭の澤井がライト前ヒットで出るも、今江ショートゴロ。6−4−3でダブルプレー。しかしジョニーは里崎西岡と連打を浴び、二死一、二塁。ユウゴーに代打渡辺正人。一打逆転のシーンだったが、ここはジョニーの意地とコントロールが優り、見逃し三振でチェンジ。


8回裏。
正人はそのままファーストへ。手嶌に代わって、ピッチャーは内。キャッチャーも小林宏之に。

「ピッチャー内って、最早お遊びの要素が一つもない」
「というか11月も末なのに全力投球している内も内です」

先頭原井ファーストゴロ。次打者小坂には代打代田。丸一年ぶりくらいに見る代田の打席だったが、内の速球を見逃し三振。諸積にも代打で高木晃次。こちらは空振りで、二者連続三振。1点差で、ラストイニングへ。


9回表。
ピッチャー黒木から小宮山に。必勝リレーと言うべきか、なんと言うか。

「コバマサで来るかと思いましたが、そこまで大人げなくなかったですか」
「いや、大人げないからコバマサじゃなかったのかもしれませんよ」

先頭バッターの喜多に代打大塚明。

「福浦と同じ年なのに若手扱いですか」
「かといって紅組で出すのも…」

などと言ってる間に、大塚は初球打ちのショートフライ。小林宏之も空振り三振で、あっさりツーアウト。大松のところで、古賀監督が代打を告げた。『バッター大松に代わりまして、平下晃司』 平下、初球打ち。ボールは快音を残してセンターバックスクリーンに飛び込んだ。同点ソロアーチで4−4。竹原には代打塀内。平下の余韻が残る中、塀内の打球は力なく上がってキャッチャーファールフライ。チェンジ。


9回裏。
ピッチャーが内から荘に代わった。全然若手チームじゃないが、最早そんなことは気にならず、むしろ荘が投げた球を後輩であるベテランたちがどう打つのか、そればかりが気になっていた。堀には代打井上純。センターへ強い打球が飛んだが、西岡ダイビングキャッチしてワンナウト。続く垣内には代打吉鶴。代打を出された垣内は、吉鶴に代わって三塁塁審に入る。空き地野球のようなこの展開。

「この二人、現役時期かぶってましたっけ?」
「なんか、かぶってなさそうでかぶってそうで…」

後で調べたらギリギリかぶってなかった。正確には現役時代はかぶっているが、チーム在籍がかぶっていない。吉鶴がトレードされてきた年に、ちょうど荘が引退している。

「しかし、すごい試合になってますけど、なんかもったいないですよね。ロッテのオールスター戦みたいになってるのに、この試合のこと世のほとんどの人は知らないでしょうし、ここにいる人間しか味わえてないんですから」
「それがロッテです」

今思うことはただひとつ。この試合、終わってしまうのが惜しいということだ。吉鶴追い込まれてから粘ったものの、6球目をどん詰まりのピッチャーゴロで、ツーアウト。そして。

「幸彦ー」 おそらく、18年間の最後の打席だ。トランペットからは、川崎時代以来の応援歌が流れてきた。真ん中の「打てー!」コールは内外野問わず発せられた。ホームランならサヨナラ。この紅白戦、さんざんお遊びをしてきたくせに、今この時は誰も笑っていない。それこそ公式戦以上の緊張感が球場に満ちていった。

幸彦の真剣なまなざしに応えるように、荘も渾身、スピードこそ無いもののコーナーを丹念に突く。ボール、ストライクと判定される度に、どよめき、溜め息が響く。そして、カウント2−2からの5球目を幸彦が捉えた。ジャストミートではなかったが、ボールはしぶとく残ってレフト線へ。当たりは悪かったが飛んだコースがよく、幸彦はセカンド到達。

その幸彦に代走平井のコール。背番号21がセカンドベースへ向かう。そして「なぜ代える!」の怒号すら響く中、次打者初芝には『代打、佐藤幸彦』が告げられた。「ボビー、あんた最高だよ!」 紅白戦でしかできないこのむちゃくちゃな采配に、驚喜するしかない。

ならばと白組も動く。ピッチャー荘に代わって、牛島。本来ならこんなところでこんなことをやっていることなどできないであろう。しかし、現にマウンドにあがり、そして投げている。現役時代そのままのフォームで。そして、その投球練習をバッターボックスのすぐ横でじっと見つめる幸彦。規程の9球を逃さず見つめると、ゆっくりとバッターボックスに入った。さぁ、ラストシーンだ。

1球目、フォークボール低めに外れてボール。0−1。
2球目、直球ど真ん中のストライク。1−1。
3球目、カーブを見逃してボール。1−2。
4球目、外角低め直球、カットしてファール。2−2。
5球目、フォークが低めギリギリはずれてボール。2−3。
6球目、流し打ちは一塁線をかすめるファール。
7球目、バックネット直撃のファール。
8球目、サードへ飛ぶが、スタンドへ入ってファール。

そして9球目。ライトへの流し打ちは鋭いスピンがかかってライン際へ。ライト線審高沢が着地を見極める……フェア! セカンドランナー平井バンザイしながらホームイン。打った幸彦はセカンドベースを目指すも、ベンチから飛び出してきたボビーに捕まり、それを果たせない。飛びつかれ抱きしめられているうちに、選手たちが一、二塁間に集結し、 胴上げが始まった。それから後のことは、あまりはっきり覚えていない。

よしたにさんの写真と私の記憶をつなぎ合わせると、マウンド上での幸彦の引退挨拶、マリーンズシアター形式でのプレイバック幸彦、そして幸彦を先頭に、全選手によるグラウンド一周。この時幸彦はグラブから帽子からスパイクから予備のユニフォームからサインをしながらどんどん投げ込んだ。川崎時代のもの、似合わなかったピンクユニ、そして今シーズン使用したもの…。

「幸彦ー、戻ってきたときのために一着は取っとけよー」
「いつでも帰ってこいよー」
「待ってるぜ幸彦ー」

後はもう、泣いた記憶しかない。

 

そしてこの二日後、日本野球機構から正式に佐藤幸彦の任意引退選手公示がされた。
佐藤幸彦選手、18年間お疲れさまでした。

戻る

inserted by FC2 system