8月13日 日本ハム−オリックス
(東京ドーム)

(千葉県・ふさ千明)

〜アップルシート観戦記

都内有明で何やら催されていたこの日、私は友人たちの誘いを蹴って東京ドームのアップルシートに出向いた。知る人ぞ知るこの席は男女ペアでないと入れない。

以前から気になっていたのだが、そのために行こう行こうと思っていてもなかなか機会がなく、5月観戦会の懇親会で「ダラ球会の観戦女王」たけがわさんにお願いして、ようやく今回観戦の機会を得たのである。

水道橋駅からドームまで予想以上の人出に阻まれ、待ち合わせに少し遅れてしまう。反省。当日券売場は長蛇の列。しかしたけがわさんが「いちおうお盆休みだから」ということで予約を入れておいてくれたので、我々はすんなり入れる。たけがわさんのご慧眼に感服する。使ったことのない30番ゲートから中へ。

「ここ、違う」 ふと言葉が漏れたのは、通路が絨毯敷きだとかそこにソファが5組も置いてあるとかそういうことも確かにあるが、とにかく雰囲気からして私の知る東京ドームと明らかに違うためだ。まるでホテルのラウンジである。

売店も明らかに野球場としてのそれとは別物である。座席はたけがわさん曰く「ふかふかシート」でプラスチック製のイスに柔らかなクッションが取り付けられている。さらに上を見れば、天井にはモニターが多数備え付けてあり、試合が始まればCS放送によるこの試合の中継が放映される。

「ぜーたくですなぁ」 「これでひとり2550円は安いよねぇ」 場所としては内外野にまたがる2階席部分で、いい角度でゆったり見られる。ここまで飛ばしてくれる強打者もいることだし、先々色々と楽しみである。

「昨日下柳だったんですよねぇ」 「完投しちゃったからさすがに今日は出てこないだろうけど」 アイアンホークこと下柳は私の好きな選手の一人。チームの枠を越えて楽しめる個性を持ったピッチャーであり、幾久しく現役でいて欲しいと思わせる魅力がある。1日違いとは、実に惜しいことをした。

開始時刻まで時間があるので、たけがわさんに「ちょっと行ってきます」と言い残してお買い物へ。案内のお姉さんに教えてもらって、重い扉を開けて階下へと向かう。

降りると、そこには私の知っている東京ドームがあった。リノリウムの床、雑然とした売店、試合前独特のあのざわめき。ようやく実感がわく。思えば3月にダラ球会の観戦会で来て以来の東京ドームだ。

試合開始にはまだ時間もあることなので、色々見て回ることにした。いつもは大体友人や年下の親族と来て案内役を務めているので、こうやってのんびり歩いた経験は意外と少ない。結構あちこちシャッターが閉まっているのが物悲しい。確かに巨人戦ほどではないが、客の入りはそんなに悪くないというのに勿体ない話だ。

試合前なのに早くもカツカレー・カルビ丼・天丼が売り切れていたりするとその思いはなお強まる。書店があることに驚いたり復刻版の「男の友情背番号3」(石原裕次郎歌唱)のCDを買ったりと色々楽しんで、最後に座席まで持ってきてくれる売店でカレーライスを注文し、飲み物を買って座席へ戻る。

カレーは箱に入れられ、大きさも満足のいくサイズ。味も上々と言うことはない。別に席まで運んでくれなくてもいいから、ぜひ一般の売店でも販売して欲しい。

先発投手はファイターズ立石、ブルーウェーブ岸川。いまだに岸川というと元南海ホークスの4番バッターをイメージしてしまう私としては、過日マリーンズ自慢のサンデー晋吾とゼロ行進を繰り広げた立石の方が評価が高い。

こういう勝手な偏見で「ファイターズ有利」と予測する。付け加えるならば、ブルーウェーブはこの日まで16連戦を戦い抜き17連戦目ということもあって疲れもあろうというのも根拠の一つ。

それとは別に今回の個人的な楽しみといえばファイターズ小笠原がホームランを打つとオーロラビジョンに現れる「クジラジャンプ」の画像と、アップルシートに特典としてついてくる特製ホットドッグの味だ。

定刻通りプレイボール。一回表。期待の立石、先頭田口に初っぱなからフォアボール。大島・谷に連打を浴びて早くも一点献上。イチローがレフト犠牲フライでもう一点。ニールも歩かせてしまい、めろめろ。どこまで続くぬかるみぞ、と思った途端アリアス・藤井と打ち取ってチェンジ。2−0。

1回裏ファイターズは元気なく三者凡退。2回表、簡単にアウト2つ取って「立石復調?」と思った瞬間、田口がソロアーチ。ブルーウェーブファンのみっちり詰まったレフトスタンドへ。大島を歩かせ谷にはセンター前に運ばれ、その上迎えるバッターはイチロー。

打席にはいる前から、フラッシュが光る光る。野球を見に来ているなら、試合進行の妨げはやめて欲しいものだ。どうせ望遠レンズをがっちり装備でもしなけりゃ背番号を見てやっと誰だか分かる程度にしか撮れないのに。

その“妨害”をものともせず、イチローの打球は右中間に見事切れ込んでツーベース。ここで立石お役御免。「こないだのロッテ戦は何だったんだよ〜」ボヤキの一つも入れたくなる。

代わった高橋憲がニールを空振り三振に切ってとってようやくチェンジ。5−0。2回裏。先頭のオバンドーがレフト前へ。ウィルソン倒れたあと井出がセンター前へ。1死1,2塁で田中幸雄。「ミスターファイターズ」と評するに足るだけのバッターだけに期待を背負うも、空振り三振。続く野口がファーストファールフライに倒れ、チェンジ。

3回表。高橋憲はアリアス・藤井を連続三振に切ってとり、塩崎もキャッチャーファールフライに打ち取って三者凡退。「最初っから高橋先発の方が良かったかも知れませんねぇ」 「そ〜だねぇ」 そんな会話になった。

3回裏。奈良原・中村と倒れあっと言う間にツーアウト。またダメか。そう思った瞬間澄んだ音が耳に届いた。小笠原の打球はゆっくりとレフトスタンドへ。ようやくの反撃に沸く一塁側。そして待望のクジラジャンプがオーロラビジョンに。

続く片岡の打球は、こっちへ向かって飛んできた。「さぁ、こっちこい!」来た。2階席には来なかったが、ファイターズファンで溢れかえるライトスタンドに。ソロ2本であっと言う間に5−2。オバンドーを歩かせたところで岸川もお役御免。

奇しくも両先発とも打者13人で降板。代わりのピッチャーを待つ。「ウィルソン左だからな。嘉勢とか出てこないかな」 呟きのあとにコールされた名前は『ピッチャー、木田』 思いがけない名前に、球場全体が沸いた。元大リーガー、木田優夫登場。彼の帰国後、生で見るのは初めてである。期待違わず木田、ウィルソンを空振り三振切ってとり、チェンジ。

4回表、高橋憲はラストバッターの三輪にレフト前に運ばれ、田口のセカンドゴロの間にランナーは2塁へ。大島にフォアボールを出したところで早々交代。ピッチャー芝草がコールされる。「勿体なくないですかね?」 「ちょっと早いよね」 早いどころではない。続く谷をレフトファールフライに打ち取っただけで、芝草はマウンドを降りる。

「つぎこみますねぇ」 「そんなにピッチャー余ってないハズなんだけど‥」 前日は先発下柳が完投しているから、確かに中継ぎピッチャーは休養できているかも知れない。しかしいくら何でも思い切りがよすぎやしないか。そんな会話の間に、代わった原田がイチローを打ち取りチェンジ。

このあと淡々とした試合運びになり、イスのふかふかさ加減と相まって眠気を誘う。5回裏が終わったところで席を立ち再度売店へ。座席の特典としてついてくる特製ホットドッグを引き替えにいく。今度も席まで持って来てくれる。

袋を開けてみると、程良く鼻孔をくすぐるパンの香り。さっきカレーを食べたばかりで決して空腹ではないはずの私の食欲をかき立てる香りだ。

マスタードとケチャップをたっぷりとつけ、かぶりつく。パンとソーセージ、そして付け合わせの炒めたキャベツ。それだけの食べ物なのに、大変な美味だ。各球場を巡ってホットドッグとカレーライスは一通り食べてきた私だが、今回食べたものはどちらも他球場のそれとは明らかに格が違った。

6回表。ファイターズのピッチャーは新谷に。自棄なのかそれともそれだけこの試合に賭けているのか。どっちにしても見る側としてはラッキーである。先頭の田口がセンター前ヒット、続く大島が送ってランナー2塁。谷がセンターフライで2死2塁。

バッターイチローのところでまたもピッチャー交代。「誰?」 「誰だろうね」 聞こえてきたコールは『ピッチャー正田』 これは期待以上のものだった。

一ヶ月ほど前鎌ヶ谷で見たときの正田からどう成長したか。しかもバッターがイチロー。甲子園優勝投手対3代目安打製造機。打つも仕留めるも、どちらにしても後世までの語り草。俄然注目が集まる。しかし再三に渡って盛大に焚かれるフラッシュだけはいただけない。水を差すとはまさにこのことではないだろうか。

初球は変化球でボール。もっとズバッと行って欲しいなぁ、とは見る側の身勝手か。2球目もボール。3球目もボール。「独り相撲はやめろ正田!」 どこからか声がした。 

「お前が打たれたって誰も責めないぜ。真っ正面から行け!」 「歩かせるくらいなら打たせちまえよ!」 鎌ヶ谷で聞いたような声も混じっている。二軍で見た選手が一軍にあがってきて投げている姿を見るのは楽しいものだが、投球内容がこれでは…。結局ストレートのフォアボールでイチローを歩かせてしまう。

「なにやってんだ!」 思わず私の口からもボヤキが出てしまう。ファイターズファンではないものの、言ってしまえばファイターズを天敵とするマリーンズファンなのだが、そんなことは関係なかった。

翌日の新聞には「対戦できて嬉しかった」というコメントが載っており、より失望を深くする。野球少年じゃないんだから。その純真さはいいが、プロとしてはどうかと思わざるを得ない。

次打者ニールには代打が送られ、藤立がバッターボックスに。今度は140キロ近いストレートがストライクゾーンに決まる。変化球が外れるため球数は多く費やしたものの空振り三振に切ってとり、攻撃を終わらせた。「それでいいんだ!」 「向かっていけ!」 賞賛の言葉が聞こえる。私も思わず拍手していた。

6回裏。ファイターズは覇気無く三者凡退。ウィルソン、井出を連続で空振り三振にとった木田のピッチングは圧巻だったが、しかしどうしても木田を褒めるよりもバッターを責めたくなってしまう。そんな雰囲気だった。

7回表。攻撃前にブルーウェーブの応援歌『ビクトリーマーチ』が流れ、意気あがる三塁側。先頭のアリアスが右中間を深く破ってツーベース。代走に斎藤が起用される。

代打五十嵐が送ってランナーを進めたところで、正田降板。きっと次は真価を見せてくれよ。そう思いながらルーキーの背中を見送った。代わった黒木が後続を断ってチェンジ。「何人つぎ込むんでしょうね?」 「まだあとピッチャーいるの?」 7人登板して、一人の最長が1回3分の2イニング。異常事態と言っていいだろう。

7回裏。こちらも攻撃前に「ファイターズ讃歌」が流れる。不利ではあるが、いや不利だからこそか、意気あがる一塁側。ビッグバン打線にしてみれば「たかが3点」ではないか。「さあいこうぜ!」 そんな声が聞こえた気がした。しかし肝心の選手が意気あがらず、この回からマウンドに上がった小倉の前に三者凡退。

8回表。この回先頭の三輪がライト前ヒット。田口が送って1死2塁となると、この日9回目の『ピッチャーの交代をお知らせいたします』のアナウンス。あと誰? という疑問は『ピッチャーミラバル』のコールで納得に変わる。

「ああ、いたいたミラバル」 そのミラバル、後続を断ってチェンジ。代わったピッチャーが傷口を広げてないのだから、確かにこの継投正しいのかも知れない。

8回裏。打順良くトップから。守備固めでセンターに入った上田佳範が打席に入る。私はこの選手が好きである。全身が野球センスでできているかのようで、もっとタフであれば松井稼頭央にも引けを取らぬ活躍をすると思うのだが…。

その上田の放った当たりは痛烈を極めるもファースト五十嵐の真っ正面。小笠原ショートフライ。片岡はセンターフライで三者凡退。一塁側にいる身としては、この盛りあがらなさとやるせなさを肌で感じての観戦はいささか淋しい。何とかして欲しいものだ。せめて一太刀…。

9回表。先頭はイチロー。オーロラビジョンにようやく「フラッシュ撮影はご遠慮下さい」と出るが、あまり効果がない。「野球見て欲しいなぁ‥」。打球はセカンドへ。イチローが俊足を飛ばす。難しいゴロだった分処理が遅れてセーフ。

続く代打五島もファースト内野安打。斎藤は空振り三振でワンアウト。五十嵐は敬遠で、内野安打2つとフォアボールで満塁というなかなか珍しい事態になった。

ここでピッチャー代わるかと思ったが、さすがにもういないのだろう。その代わりというわけではなかろうがバッターに代打が出た。その代打小川はファーストファールフライでツーアウト。三輪の当たりはセカンド内野安打。この回内野安打3つ目。一点追加でなお満塁。6−2。

バッターはトップに帰って田口。私がいる位置からではバッターボックスは遠く、顔どころか背番号もなかなか見えないが、田口の「好調オーラ」のようなものは感じられた。何かやるぞ、と思っていると打球は遥かレフトスタンドへ。トドメもトドメ。息の根を止める満塁アーチで10−2。

9回裏、反撃無くゲームセット。小倉はパーフェクトリリーフ。大多数の観客が途中退席せずしっかり見ていた点は良かったと思う。イチローだけを見に来たわけではないのなら、ぜひ今度はフラッシュを焚かず、自分の眼に焼き付けて欲しいと思った。

記憶の中に大切にしまい、それを取り出す作業もまた楽しいものではないだろうか。そんなことを考えた。ちなみにこのあと、たけがわさんは西武ドームで行われるナイターを見に旅立って行かれた。バイトなので私はお供できなかったが。後でメールにてダラ球会のスタッフ2名と遭遇した旨を知らされ、「行けば良かった」とつくづく思った。

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