9月26日 近鉄−オリックス
(大阪ドーム)

(ふさ千明)

ドリーム&パワー

9月9日に「ダイエーは強いです。さすが王者です。でも、優勝するのは近鉄です」と言いきった中村紀洋の言葉が脳裏から離れなかった。だもので、26日は行くと決めた。

掲示板にお誘いの書き込みをすると、帷子ノ辻さんから反応があった。さらには呼びかけに応えて下さったばかりかチケットをいただいてしまった。

昼頃自宅を出た。ホントはもう少し早く出られたのだが、心のどこかに油断があったようだ。午後2時に大阪ドームに到着すると、そこには見たこともないような大行列があった。NHKや関西テレビが取材に来るくらいの。

さて。座る場所だが、外野でローズの新記録ホームランを待つのも魅力的だったがここは冷静に内野自由席、しかも3塁側へ回った。

見れば行列があるにはあったが1塁側よりはまだマシな程度ではあったため、ここに腰を据えることに決定。快くチケットを譲って下さった帷子ノ辻さんのためにもよい席を確保せねば‥‥。

開門は4時。それまで暇つぶしのため周囲の濃い人たちと歓談。『私に濃いって言われたくないだろうな』と思いつつ本当に濃かった。「12年前も藤井寺行った」、「日生で優勝見た」、マネー、真喜志、石渡、C・マニエルなんて名前がポンポンでてくると「実はここは日生球場で今はまだ昭和で20世紀ですか?」と聞いてしまいそうになる。

また、こんな状況で「ロッテファンでーす」と口外するのもはばかられたが、どうせチケットホルダーでばれるので先にカミングアウト。「ああ、ええよねマリーンズの応援」とあっさり受け入れられる。

かくして約2時間、しょーもない野球談義に花が咲く。見知らぬ人たちだが、ここにいると言うだけで目に見えぬ強い紐帯が既に存在した。

そして入場。この時「NAKAMURA 5」から始まって「NISHIMOTO 78」「NOMO 11」「ISHI 3」そしてなぜか「HATSUSHIBA 6」まで。数々のユニフォームと出会った。なぜか「OHGI 72」は居なかったが。

席を無事確保し、試合開始までがまた2時間。目の前の練習や試合の展望を肴にまた談義。ファールを飛ばしてくる選手に野次ったりしながら。「練習中のボールに頭ぶつけてこの試合見られなかったら生涯後悔するで」ということなので野次られた選手も分かって欲しい。

オーダーが発表されたらそれもネタにしようと思ったが、なかなかでてこない。よっぽど紛糾したのか、それともいつもこうだったか。舞い上がっててその辺が良く思い出せなかった。

予告先発なので、それだけは分かっていた。先発はBuバーグマン、BW北川。ここまで9勝のバーグマンはさておき、北川はルーキー。契約金無しながら条件を満たし1000万円を獲得したのは見事だが、実際投げたところを見たこともなく、情報もほとんどなし。ただ当日買ったスポーツ紙に掲載されていた不敵なコメントだけがわずかな手がかりであった。

で、試合開始ちょっと前に発表されたスタメンは以下の通り。

ブルーウェーブ   バファローズ
塩崎   大村
大島   水口
  ローズ
DH ビティエロ   中村
葛城   礒部
藤井   吉岡
相川   DH 川口
五十嵐   ギルバート
三輪   古久保
P 北川   P バーグマン

「仰木さん、遠慮しとるんかな」という声があがったのも無理はなく、ここまで36本塁打のアリアスやチームリーダー田口の名前がない。

ネタを言い尽くす間もなく、プレイボール。1回表、塩崎を空振り三振に切って取る。「おお」とか思っていると次の大島を歩かせてしまう。谷をショートゲッツーに取って事なきを得たが。まずまずというところかなぁ。

その裏、こちらも先頭の大村が倒れたあと2番バッター水口がフォアボールで出塁。ローズ登場で、早くも大湧き。48000のうち、50人にも満たないBWファン。あとは全てバファローズの優勝を願って止まない人たちだ。56号の期待もあって初回から空気が熱を帯びた。

ボール3つ先行からストライク。そしてファール3つ。歓声、どよめき、ため息。それが繰り返され、8球目、ボールは舞い上がらず代わりに地を走った。ライト前ヒット。水口3塁を陥れチャンス拡大。ノリ登場。ショートゴロで水口ホームイン。1点先制。なお2死2塁で、磯部。「磯部、磯部」のコール。推定30000人のタオル踊り。壮観だった。しかし磯部レフトフライでチェンジ。地味だがまずは1点確保。

2回は表裏とも特になし。互いにヒットはでたが点にはつながらず。そして3回も。裏は2死2塁でローズに回り、タオル踊りが始まったが初球を打ってセカンドゴロ。あっさりチェンジ。序盤は意外と静かな幕開け。

そして4回表。先頭の大島ライト前ヒット。谷の打球は三遊間に深く弾かれ、内野安打。ビティエロサードゴロで1死2・3塁。葛城の打球、ファーストへのゴロを吉岡が後逸。2点入ってあっさり逆転。Bu1−BW2。藤井の打球はまたもファーストへ。今度はがっちり捕った吉岡、ゲッツーを捕るべくセカンドへ。それはランナー葛城の頭を直撃。これで1・3塁となる。立て続けにエラーしてしまったため、殺気立つ場内。怒号すら響いていた。

これでバーグマン、気持ちが切れたか。相川に粘られたあげくセンター前ヒットを打たれ、さらに1点が。Bu1−BW3で五十嵐フォアボールで満塁。どこまで続くんか、はよ終われ。みないらだちを隠しきれずにいた。その念波が届いたか、三輪がサードゴロ。5−2−3と渡りゲッツー。長い攻撃が終わった。

「よしおかー」今日初めて、声援以外で名前があがった。低く、唸るような声が。だから、その裏。2死1塁の場面で彼に打席が回ったときも声質が一人だけ違った。「打たんかったら承知せんぞ!」というニュアンスが多分に含まれていた。7球も投げさせ粘りに粘ったのは、意地か、はたまた恐怖か‥‥。結局セカンドゴロだったが。

5回表。塩崎・大島と打ち取ってあっさりツーアウト。どうやらバーグマン気を取り直したようだ。やれやれと思ったら谷が初球攻撃でレフト前ヒット。2死1塁。

続く4番ビティエロに対して投げたその時、谷が走った。盗塁成功。2死2塁。3球目には暴投。2死3塁に。もうめろめろ。「もう気持ちキレとんと違うか?」と、誰しも思った。カウントワンスリーからデッドボール与えたところでついに交代。

関口登場。彼も今年の近鉄を支えた一人である。「せっきぐち、せっきぐち」ひときわ大きく名を呼ぶ声がする。しかし、その関口も葛城にボール2つ与えたあとライトオーバーのツーベースを食らう。ワンポイントであっさり交代。愛敬の名がコールされた。「愛敬?」という疑問が頭をもたげたが、そんなことを言っている場合ではなかった。みながこの男の名を呼んでいた。あたかも救世主のごとく。関口の時より大きかったかも知れない。

ここで仰木監督、藤井に代えて代打アリアス。ようやく主砲が顔を出した。5つのファールのあとの打球はセカンドフライ。チェンジ。アリアスがサードに回り、五十嵐がファーストを守った。

5回裏。8番からで「ああ、次の回にはローズに回るかな」とか思っていたら大村がセカンド内野安打で出塁。水口のセンター前ヒットで大村激走。サードへ滑り込み2死ながら1,3塁。

そしてローズ。「同点スリーランや〜」期待せぬ者があろうか。56本塁打という、この国のプロ野球で誰も成し遂げたことのない金字塔を。「ローズ!」「ローズ!」「ロ〜ズ〜ぅ〜!」叫ぶ叫ぶ叫ぶ。老人も子供も若者もおじさんもおばさんも。48000人のほとんどが、ただ一人の男の名を叫んでいた。そして私も。

ボール、ボールでカウントノーツー。明らかなバッティングカウント。何かが起こる、そう思った次の瞬間、打球はファースト五十嵐の横を抜けた。「やはり代わったところにボールは行くのか!?」そんなことを考えていたら、次の瞬間大島が捕ってしまった。セカンドゴロ。チェンジ。大きな脱力。

6回表は三者凡退。頑張る愛敬。つきあいよくその裏も三者凡退。空気が次第に棘を含み出す。7回表も三者凡退。頑張っている愛敬。とっても頑張っている。だから、ベンチに引き上げるとき大きな拍手で送られた。ちなみに『ビクトリーマーチ』は流れたものの、声はほとんど聞こえなかった。

7回裏。その前に『ドリーム&パワー』の大合唱。夢と力。まさにバファローズを象徴する歌であると思いながら、私も歌唱。仕事で鍛えた大声を張り上げて。

「ここで1点とっとかんと厳しいで〜」という声。その声に応えたのはこの回先頭の川口だった。フルカウントからの6球目。打球はセンターへ。待望久しい反撃の狼煙。ソロアーチで1点追加。Bu2−BW4。「続け続けギルバート」という声も空しくセカンドゴロ。古久保は粘ったものの見逃し三振。大村を迎えたところで北川、ついに交代。被安打7の2失点はルーキーとしては文句のつけようがない内容だろう。「北川じゃなあ」という試合前の暴言は謹んで撤回させていただく。見事だった。

代わった嘉勢は大村をセカンドゴロに打ち取り役目を果たす。7回終わってBu2−BW4。まったく予断を許さない展開。それまでのどこかささくれだったような空気も消え、仕切り直し。

8回表、マウンドには岡本が登った。ビティエロ・葛城・アリアスをぴしゃりと抑え、望みをつないだ。大いなる喝采。8回裏、水口倒れローズ登場。56号の期待を一身に背負って。しかし今日はまだフライすらあがっていない。やはり気負っているのか? それとも優勝がかかっているから勝利優先で転がしにかかっているのか? 確かにこの場面、一発も欲しいがヒットも欲しい。しかし一発がでれば流れが変わる。狙えローズ!という願いも空しく、ファーストゴロ。停滞する空気。

それを破ったのはノリの今日初ヒット。磯部ツーランなら同点‥‥ってどうしても得点の期待がホームランに偏る非常に楽しいチームカラーである。結局サードゴロでチェンジだったが。ささくれ、ちょっとだけ復活。

9回表。先頭は相川。この期に及んで「相川って誰や」と真顔で聞いている人がいる。まぁ、私だって詳しいわけではないが8イニングス3打席見れば「誰や」って言うこともないだろうに‥‥なんてこと考えていたら。初球。スコーンといい音がした、ような気がした。気が付けばレフトスタンドのセンター寄りに飛び込んでいた。Bu2−BW5。3点差か‥‥。

続く進藤ファーストフライ。試合前のバッティング練習ではガスガスレフトスタンド2階席に放り込んでいたのでどうなるかと思ったものの事なきを得た。しかし三輪レフト前ヒットで1死1塁。打順トップに返って塩崎。センターフライでツーアウト。

そして迎えた大島の打席で、梨田監督大塚投入。「そうや! あきらめたらしまいや!」「ここまで来てあきらめてたまるかい!」そんな声が聞こえた。守護神の投入は空気を変えた。大島ショートフライ。ここまでチームを連れてきた一人である大塚に、盛大な拍手が送られた。

3点差の9回裏。それでも席を立つ人の姿はほとんどない。皆、もったいなくてそれどころではない。帰りの足を気にしていたのも私くらいだった。しかし一方で「ああ、次は10月2日か」という弱気な呟きも聞こえた。

次は正確には29日のマリーンズ戦(千葉)も30日のダイエー戦(福岡)もあるのだが、マジック1のチームに対しては最強(未公認)のマリーンズと今季ここまで9勝18敗と大きく負け越しているホークス相手ではいかにも分が悪い。さらには「どうせなら地元胴上げを」という思いもあっての呟きであろうが、私は「ランナー三人出れば古久保の満塁サヨナラで決まりですよ!」とか酔っぱらいみたいな皮算用を口走っていた。

しかたない。私は酔っていたのだから。この雰囲気に。優勝決定戦という大舞台に居合わせた幸せに。だから「89年V戦士唯一の生き残りが決めるなんて、いかにも近鉄らしいっしょ」なんて言っていたのだ。すると。

先頭は依然怒号渦巻く吉岡の打席。レフト前ヒット。「生きて帰れそうですね」という物騒なツッコミが入った。続いて「けんし〜」の絶叫の中、川口がライト線へツーベース。ノーアウト1、3塁。代打益田。もう、何が何だか判らない。

フォアボール。ノーアウト満塁。まさか、まさか‥‥‥。「代打北川!」ああ、やっぱり。古久保の満塁アーチなんて生涯見られないだろうし、孫子の代までの自慢に見ておきたかったのだが、打率.144では致し方なし。

そして。次の瞬間から場内ほぼ全員がただ一人の名を叫ぶ。「北川〜」と。「アホ息子見返したれ〜」というのは古巣を意識してのヤジと思われる。ストライク。ファール。ボール。一息つく場内。一瞬の弛緩のあと、再びの大声援。何か確信めいた物を胸に秘めながら、喉を枯らす。

そして4球目。弾かれた打球は、高々と宙を舞った。そして吸い込まれるようにレフトスタンドへ。代打・逆転・満塁・サヨナラ・釣り銭無し・そして優勝アーチ! こんなホームラン見たこと無い! 私は我を忘れた。歓喜の叫びが、ドームの屋根を突き破らんばかりに轟いた。

あまりに人が多すぎて、あまりに声がでかすぎて、それが歓声なのか悲鳴なのかまったく判別不能な、そんな世紀末的スタジアム。新世紀なのに。訳の分からぬうちにホームインは完了し、胴上げがとりおこなわれる。背番号73が何度も何度も宙を舞った。身体がちょっと折れ曲がってたのは後日の情報によるとVの字を表現していたようだが。そんな芸コマなところが大阪カラー。

気が付くと背番号77も宙に舞っていた気がしたのだが、ラソーダ氏? 調べてもどこにも載っていないので確認のしようもないが現場の雰囲気では「ラソーダや」「ラソーダや」と言うことになっていた。で。ちょっと首をひねればオーロラビジョンには「PACIFIC LEAGUE CHAMPIONS VICTORY WITH OSAKA FANS」という文字が踊った。ファンあってのプロ野球。その精神が、そこにはあった。確実に。

表彰状授与、ペナント授与、トロフィー授与。それよりもやはり、なんと言っても監督・コーチ以下総出の球場一周。泣いている人がいた。叫んでいる人がいた。笑っている人もいた。万歳はみんなでやった。何度も、何度も。「あふれるパワーは誰にも止められない(ドリーム&パワー)」という、まさにそんな感じ。

あの場で誰かが言っていたが、なんとマジック点灯してから負け無しの優勝なのだ。これもそうはないことであろう。少なくとも私は寡聞にして他の例を知らない。

やっぱりミラクルって言えばこのチームだ。できれば日本シリーズでミラクルの決着つけて欲しいところだったがどうやらあちらはミラクル起こせずに終わりそうだが。優勝記念の100円ビールをかっ喰らい、そんなことが脳裏をよぎりながら。まさに夢うつつで球場を後にした。

Bu6×−BW5。勝・大塚2勝5敗25S  敗・ 大久保 7勝4敗14S

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