「若草野球部狂想曲」

 ●サブマリンガール
 ●(2)クイーン・オブ・クイーンズ
 ●(3)スプリング・ステップ

一色銀河著/メディアワークス電撃文庫

(東京都・T.N)

私は野球のことはよく分からない。だが、「物語を読む」ということに関してならある程度分かる。すべからく良い物語というものは、どんなテーマのものであっても人間を描いているものだ。

「野球は筋書きのない物語である」という言葉をよく言われる。だが、どんな妙技も記録も逆転劇もスコアそのものに意味があるだろうか? ファンが惹きつけられるのは、プレーやデータの裏に必ず、プレイヤーという人間がいるからだと思う。どんな言葉より雄弁に、その人間を語る物語として野球というゲームがあるのだ。

このことから逆算すれば、野球を題材に優れた物語を書くならば、プレーを通して登場人物を描いていかなければならないということになる。全てのプレーは単なる試合経過ではない。一投一打がそのプレイヤーの心を描く心理描写でなければならないのだ。 そういったことを、この3冊から感じた。

作者はシリーズ第1作で「第6回電撃ゲーム小説大賞」で銀賞を受賞。本作でデビューして好評のうちにシリーズ3部作を終了させた。ジュブナイルファンタジー小説を中心に展開するこのレーベルにあってつよく異彩を放つ野球小説である。

夏の甲子園をわかせた10年に一度の逸材捕手、『東の怪物』西宮光児が野球の名門校を離れて転校した先は、なんと全野球部員9人中4人が女子部員、公式戦にも出られない弱小若草高校だった。この野球部、学校側のリストラ対象として1ヶ月後に行われる西の名門校神戸学園との練習試合に勝たなければ即刻廃部が決定している。

神戸学園は光児が夏の甲子園決勝で敗れた因縁の相手。助っ人として引っ張り込まれた光児は、へろへろのスローボールしか投げられない気弱な女子投手・文月真由美をなぜかエースに起用、勝利に向けて大特訓を開始する……

と、あらすじを書くとなんともベタに取られそうだが、その印象は登場人物達が野球を語り、又実際に試合を始めると一変する。

投球の変化や『伸び』『切れ』といった感覚的な言葉が『マグナスの力』を中心とした物理現象と打者に与える錯覚としてきちんと語り直され、試合が始まれば詰め将棋さながらの頭脳的な配球・走塁・守備シフトが展開される。真由美の驚異の投球も、けしてファンタジーなものではない(少なくとも素人目にはそう見えた。読者をだませるだけの材料はそろえている、ということだろう)。

このあたり、私の目には非常に取っつきにくい専門用語が多用され、打者の立ち位置、投球の方向、野手のシフトに走者のリードと詳細に書かれている。馴れない身にはいささか負担だったが私は一つ一つ拾い上げるように注意深く読むことにした。数ページあとで必ず、この記述を伏線として新鮮な驚きが用意されているとすぐに分かったからだ。

そんな頭脳野球の中でも、一人ひとりの選手は各人の個性に合わせたプレーを見せる。この場面での一球も、この局面での空振りも、全てその選手の心とキャラクターにきちんと根ざしていた。今ひとつ目立たない下位打線も、シリーズが進むうちに得意な場面やちょっとした因縁を持ち始める(その意味でも、また作者の筆力の向上から見ても、2巻目以降のほうがより楽しめるモノになっているようだ) 。

一人ひとりのプレーが各々の選手の心を描くなら、チームプレーは一つの集団の心を描く。集団をまとめるのは一つの思想、勝利への信念だ。自分たちの信じた野球スタイルを貫き、一つの成果をもぎ取る姿には目頭を熱くさせられる。

そして終わってみれば……試合は意外な結果を迎える。物事の帰趨がもたらす無意識の皮肉というものを、この作者はきちんと分かっているのだろう。筋書きがある物語であるはずの小説の中で、まさに「筋書きのない物語」を見た感覚を与えられる。筆力の勝利だ。

かわいらしい女子選手のイラストが華やかな表紙にだまされず、虚心で読んでいただきたい。物語好きを惹きつけた本作、必ずや野球好きにも受け入れられると信じる。ハズカシかったらカバーでも掛けてくれ。

最後にちょっとした注意をひとつ。主人公は東京からの転校生、舞台は大阪に近い神戸市とあって、漫才のようなキャラクター達のじゃれ合いの中には在京と在阪の某プロ球団に対するケナシ合いが多数含まれる。ファンの方にはシャレの分かる心を持って理解いただきたい。まあ、からかいやすい対象でもあるし。

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