『コンビネーション』      

 (谷山由紀著/朝日ソノラマ文庫)

(千葉県・ふさ千明)

気がつけば、私は野球小説というモノをそんなに読んでいない。「野球マンガ」は無数に読んだ。いわゆる「実録物」のドキュメント・ノンフィクション小説も。しかし、意外と野球フィクションは読んだ憶えがない。実際世に出た野球のフィクション小説はそれほど多くはないのではないだろうか。

そんな中、とあるチャット(非野球系)で知り合った友人から、本作を紹介された。野球に興味を持たぬこの友人に野球小説を紹介される事に意外さを覚えながら、借りてみた。

この友人、どのくらい野球を知らぬかと言えば、猛打賞を「その試合で一番ぱっかんぱっかん打った人がもらうものだと思っていた(本人談)」というくらいだから、まぁ、黒柳女史とまではいかぬものの、某放送局のアナウンサー並と言ったところか。

帰宅途中の車内で、一気に読み通した。面白い。これが、面白いのである。さすが野球を知らない人間を惹きつけるだけのことはある。誰かを連想させるような、それでいて類型的ではない登場人物。しっかり書き込まれた場面。地に足のついた話運び。全てが魅力的だった。

筆者の野球観、それも筋の通ったものを軸に話は進む。言ってしまえば、美学だ。選手それぞれの美学を軸に話は進んでいく。

本書には、名倉という選手を軸にした、短編連作7つが収められている。彼は、野球では無名の高校から入団した。それ故に、プロ選手がアマ時代に受けてきた「洗礼」を知らない。バッティングマシンの使い方すら知らない。無名の高校で、弱小野球部では持て余すほどの才能を持って。その名倉がドラフト指名を機に才能と努力とで駆け上がっていく風景を、周囲からの視点で描いているのだ。

即戦力と謳われたルーキーピッチャー、守備の人と言われ続けてきたベテランのショート、大卒大物ルーキーバッター、高校時代の同級生、非力さに悩む元ショートのセカンド、現役投手から打撃投手へと変わる直前のピッチャー。そして、行きつけの喫茶店の少女。

当然ながら、みなそれぞれ、野球へのスタンスが違う。この違い方が、また面白い。各々が、積み重ね、培ってきた中での美学を持っている。「チームはバラバラで当たり前」という者もいる。これなどは、不協和音を乗り越えたところに有る物を知る人間のみに吐きうるセリフだろう。

本作を読み終えて私は「野球の面白さとは何だろう」という疑問を持った。なぜなら、この種のフィクション物に初めて出会ったからだ。今までにないスタイルの小説に、時間を忘れるほどにのめり込み、堪能した。今までない切り口に出会うことで、野球の面白さを再確認してみたくなった。

そして気づいたことは、野球は多くの人間が関わる、多くの人間が織りなす、巧まざるドラマにその魅力があるのではないだろうか、ということである。

もちろん豪打・剛球・美技など、技術的な魅力を忘れたわけではない。しかし、「読み物」として面白いのは、人間ドラマの部分であろう。歴史上の人物を追いかけたドキュメントのように、彼の与えた影響を語ることで彼の魅力を浮き彫りにしていく手法も、見事であると思う。

ここまで引き込まれる作品に出会えたことは幸運であると思う。そう、時代を代表するプレーヤーと巡り会えた時に覚えた感触と良く似ている。惜しむらくは、私はこの本を読むことはできたのだが、入手はできていないことだ。

本書は絶版本であり、古書店か大書店の片隅に期待するしかない。古書店を一軒一軒巡っても、いつか入手したい。そうするに充分の快著であった。

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